いわき情報

何人知ってますか?いわき市有名人・知名人・功労者(銅像編)

 

皆さんこんにちは!

いきなりですが、「勿来駅」の前にある銅像が誰だか分かりますか?

歴史に詳しい方ならご存知かも知れませんが、私は大の苦手なので誰なんだろうと調べてみました。

調べていくうちに、いわき市には「銅像」って何個あるんだろうと思いさらに調べると結構あちらこちらにあるようですね。

全て網羅はできてませんが、わかってるだけでも載せておきますので参考にされてください。

 勿来方面

 

 勿来の関跡

 

【源 義家氏】

「後三年の役」の後に義家公が勿来の関を通りかかると桜の花が吹く風に道いっぱい舞っている様子を見て思わず、「吹く風を勿来の関と思へども道もせに散る山桜かな」と一句詠んだ伝説が残っています。

 

 勿来駅

 

【八幡太郎氏】

河内源氏の生まれで石清八幡で生まれたことから八幡太郎と呼ばれる。

奥州での「前九年の役」「後三年の役」でその武勇で名を馳せ、武門の家柄として初めて昇殿も許されるなど、後の武家政権誕生のきっかけを作った武将でもある。

 

 

 勿来市民会館

 

【星 一 氏】(ほし はじめ)

(1873-1951) 福島県いわき市出身。コロンビア大学で修士号を取得後、星製薬を設立。国産モルヒネの生産にはじめて成功する。

のちに政治家になる。長男は有名なSF作家 星新一

 

 平方面

 

小太郎町児童公園

 

【関内正一氏】

石城群四倉町出身。平市二丁目の老舗関内家の養子。平町会議員・平市議会長・県会議員・衆議院議員。

 

 

 

 

 

 

【白井遠蔵氏】

小川村出身。政治家実業家・衆院議員・磐城炭礦会社社長。数少ない地元出身の炭鉱経営者です。

 

 

 

 

 

 

【野崎滿造氏】

今の新常磐交通の創業者です。磐城市住吉出身。裸一貫で乱立するバス会社を合併し、巨大なバス会社に育てあげた。

 

 

 

 

 

いわき駅(北口)

 

【鈴木辰三郎氏】

石城郡高久村(現・いわき市平高久)に産まれた辰三郎氏は、その後石城郡会議員さらに福島県会議員に推され、その後は衆議院議員に当選して、中央政界で活躍。

その後は、平市の市長に就任する。平競輪場を作ったり、現在のいわき駅前の街づくりに尽力されたそうです。

 

 

 

 

 

 

松が丘公園

 

【天田愚庵氏】

【安藤信正公】

信正公は、江戸時代末期の弘化4年(1847)に藩主となり、万延元(1860)年には幕府の老中に就任。外国事務取扱を務め、開国をめぐって外国との修好条約を結び、幕府と朝廷の縁を強化する公武合体など、国政に力を尽くした人物です。

 豊間(薄磯地区)

 

【美空ひばりさん】

 豊 間

 

江 名

 

江名漁港

 

【中田政吉氏】

江名港を築港した。

湯 本

 

御幸山(みゆきやま)

 

【樋口リウ女史】

厚生保険の先覚者として、さらに進歩的な教育者として幾多人材を社会に送り、自ら助産を業として風雪実に50年倦むことなく今に精進をつけている。

 石炭化石館(ほるる)

 

【片岡平蔵氏】

石炭の父片岡平蔵氏は文化10年(1813)石城郡大森村に生まれた。若い頃から進取りの気性に富み石炭が艦の動力であることを知った平蔵はその将来性を洞察し、安政2年(1855)湯の岳のふもと「弥勤沢」で待望の石炭の露頭を発見して、湯長谷藩の許可を得て石炭採掘業を開始した。

 

 湯本駅前(おまけ)

 

 

 

 小名浜

 

旧魚市場前

 

【小野賢司氏】

 

情報はネットで見つけた各ブログ等を参考にさせていただきました。ありがとうございました。

今のいわき市があるのは、先人の方々のたゆまない努力の賜物だと思います。

このブログを通して「いわき市の歴史」や「今のいわき市」を有意義に感じていただければ幸いです。

 

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